はい、こんばんは(^^)/
夏本番ですね。先日は地元の花火大会でしたが今年は見送りました汗。
来年からは厚さ対策のため市はお祭りを10月に移行するとのこと、適格な判断であると思えます
暑中お見舞い申し上げます_(._.)_
さて先日熊本で震度7の地震が発生しまして多くの方がまだ懸命に活動されている状況です。ご無事を祈るばかりです
地震大国のためいつどうなるかは誰も分かりませんが備えに越したことはありません、皆さまも心がけていただけたらと…
そんなこんなでXを見ていると熊本の話がよく飛び込んできます

高速道路終わったというツイートもありましたが違いますよ、これ大きな地震の時には破壊を免れるためにあえて分離するように造られているんです。こうなってくれて正解なのです
まぁXとかで気づくのは間違った情報を鵜呑みにして拡散される現象は多いなと。常に疑って見ていきたいなと筆者はいつも思います
そんな中こんなポストがありました
ポストが消えてるとわからなくなるので写真も貼っておきます

震災などで便乗して空き巣や窃盗があった場合は射殺でいいだろという論議ですね
このツイートを見ていて思うことを少し書きます
コメントみると多くの人が賛成しているのをみて違和感を感じるのでした
気持ちはわかるんですよ、許せない撃ち殺してやりたい、そういう気持ちが芽生えるのは当然といえば当然なんです
でもですよ、現実には盗まれそうだから殺したとかが許された世の中になったらどんなことになるか、もっと先のことを想像したことはあるんでしょうか?
射殺したとして免罪とか死人に口なしというか、新たな犯罪が生まれてくることは想像できますよね?結局誤解だったとか親族が憎しみの報復とか憎悪は消えることはないはずです。結局のところ盗みなどがなければ良いのですが…はるか昔からなくなることもないのが事実ではあります悲
なので気持ち的にはそうでもシャレにならないといったホリエモンの言葉もまた正しいのです
最近訪日外国人が増えて犯罪とか秩序とか結構話題になってますけど全てが全て外国人の所為にし過ぎてないかい?って思えることが多いんです。日本人でもとんでもない犯罪を犯す人だっています。そこは蓋をして全部外国人の所為にしてるようだなぁという印象が少なからず筆者の中にはあります
戦争時の現象とかぶるなぁと考えるときがあります、相手国の人間はとんでもないから殺せとか殺しても許されるとか。そんな雰囲気を最近Xで感じるようになってきてコメントも控えております(ちょっと人と違う見方で意見をいうとすぐに中傷してくるようなコメントが帰ってくるので💦)通州事件の惨劇「Sさんの体験談」という言葉で検索をかけて通州事件というものがどういうものだったのか一度は知ってみてほしいものです、人は簡単に狂ってしまうんだなと考えさせられます
ここからは筆者の体験談で話します
2011年に起きた東日本大震災。あの未曽有の危機に自分ができることはなにかと深く考えさせられました。原発には今でも運転は反対です。あんな恐ろしいもの人類が扱うモノではないですね。
翌年筆者は福島へ行きました
現地復興には実際に現地に行ってお金を使ってサービスを受けるというのが一番だと考えたからです。現地で出会った寿司屋の大将に言われた言葉が今でも深く残ってます。
あの時でも少なからず窃盗があったというのです。死体から金品を奪って逃げていく軽トラも目撃したそうです。一番印象に残ったのは一階は津波で浸水したが2階にあった食料は免れた家もあったのだが空き巣が入っていくところも見た人もいたとか。それを止めなかったの?と聞くと「あんた子供は?」と聞かれて筆者は首を横に振りながら答えると大将は
「そうか…あのな、子を持つ親ならな、子供が餓死するとわかったらな、やるぞ。たとえ悪魔に魂を売ってでもな子供助けるためならやることだってあるんだよ、咎められない(とがめられない)んだよ」
と言われたのでした
咎められない
知っているようで知らなかった言葉
状況によっては黙認も必要なときがある。そんなことは無いほうがいいに越したことはないのであろうが…もしその人が手を合わせて申し訳ないと呟きながらだったら…多分、いや絶対筆者も黙認したと思うのでした
ここで誤解のないように言っておきます
許せるというのは生きるために仕方のない犯罪のことをいいます。強盗殺人やレイプ、虐待などは論外です。そういう非人道的な輩に対しては正直撃ち殺してもいいだろうという気持ちが筆者の中にもどこかあります、そう思わない人の人格のほうに疑問を持たずにいられないというのが本音なんです。
日本人という遺伝子は世界が絶賛するほどの助け合い精神があります。ただ未曾有の危機でないと発揮されないのかもしれません。自分になにができるか、考えるだけでもいいです。いつかそれが無意識の行動に出てくれるときがあるかもしれません。
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それから10年後の2022年に筆者はもう一度福島へ行きました
あれからどうなっているのか
大将とその女将さんに10年ぶりに遭って話をしました。向こうも最初かすかに覚えてるといっていて話ししてると(筆者が醤油は付けないことを云ったら)完全に思い出したようでした笑
笑顔でした
人は苦境に負けない
そんな素敵な笑顔の夫婦でした
また10年後に来ますと言ったら、「もうそのころはいないかもな」とサラっと云われたので5年後くらいに行ってみようかなとは思ってます
そんなことをふと思った夏の夜でした
ではでは