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現代においては「デジタルとは?」ではなく「アナログとは?」の重要性

久々のブログ更新です(^^;

何気に思ったこと書いてますが、今日はアナログとは何じゃらほいの話です

ここでの疑問は、「デジタルとは何かを知らないとアナログが何なのかを説明できない」という昔とは真逆現象が起きてる現代は一体どうしてなのか、が出てきたからなのです。

いつのまにかデジタルという目に見えないものが現れ、未来を感じさせ、その便利さに驚愕し、憧れとともに現代まで共有してきました。今となってはデジタルが当たり前になりすぎてアナログとは何かを考えなくなり、どこかでアナログは「劣るもの」「古いもの」「遅れているもの」と決めつけてきてしまっていないだろうか。

しかし考えてほしい。

目に見えない処理というものは遥か昔から存在している、それが数学であろう。人々は目に見えないものと現実にあるものとをうまく共存してきていたのである。

単純にいうと確率という数値化、行ったことのない惑星までの距離の算出、光のスピードの計測…

そしてもっと大きく言ってしまうとこれらの計算の答え合わせは全て自然現象の結果がすべてなのだ。どんなに計算をしても自然現象と違う答えであるならば、正しくないとされるのだ。

デジタルとは1と0だけのいわばオンかオフ、有か無か、だけで自然と同じ景色を造りだそうとしている処理のことである。

まあここまではデジタルが出てきた時に誰もが調べて知ってきたことでもあるが、初めからデジタルが当たり前の人たちにとっては考えてもみないことかもしれない。

つまりアナログとは存在する自然そのもののことであって、この世の全てでありそれが答えそのものなのだ。つまり便利なデジタルで自然にどこまでも近づけようとしているということ。もっというならデジタルはアナログに限りなく近づこうとしているということなのである。

ここでちょっとこんがらがるかもしれないが、デジタルとは目に見えない処理のことであって現代の便利な道具そのものがデジタルというわけではない。電卓がそうだ、計算自体がデジタル処理であってそろばん式ではないが、電卓そのものはデジタルというものではない。

つい先ほど家電屋で炊飯器の営業トークを聞いていて思った話なのだが、「あの土鍋と同じ味」といううたい文句をいっていたので、「じゃあ、土鍋でいいじゃん」という話なのだ。炊飯器の売りはあくまでも手間がかからないというところにある。時間削減、タイマーによる自動化、その代金であろう。ついでに味も土鍋と変わらないとあれば買う価値も上がろうが土鍋の味を知っている人からは、到底及ばないのである。

土鍋でいいじゃんという人の特徴はズバリ手間暇を楽しんじゃう人であろう。手間暇が苦ではない人にとっては土鍋のほうが遥かに価値が高く、選択するまでもないことなのだ。しかし、現代においてもしも土鍋そのものを知らない人がいたら?存在を知っていても「そんなもんだめ」とハナから除外しているひとがいるとしたら?それが現代のアナログなのだ。アナログは知りもしない人たちから初めから「ダメ」のレッテルを貼られてき過ぎている。スピードや効率がどんどん求められていく現代にとってデジタルは確かに強力な武器だが、楽しむという点ではアナログもデジタルもないものなのです。

デジタルという処理はアナログという現実そのものに限りなく近づくことはできるが現実そのものを創り出すことは物理的に限りなく不可能だ。が、デジタルの世界観を楽しむのは一つのアートでもある。しかしそれは目に見えない処理を使った後のアナログに変換した姿である。

今、レコードの音が見直されてきているのはご存じの方が多くなっているのは、レコードの音が本当に良いからだろう。ではなぜレコードの音が良いのかというとレコード自体が楽器だからだ。目の前で楽器が奏でられている…そう考えると音が良いのは当たり前ですね。そう自然現象そのものなのだ。

レコードは溝に針をあてて回転させることにより音が出ます。なぜ音が出るのか、それは溝の側面にとても小さなブツブツがあってそこに針が当たると振動してとても小さな音が出ています。オルゴールみたいにアナログの小さな音が産まれているのです。その音を増幅してスピーカーから音を出しています。それがなぜ音が良いのかというとこの仕組み自体が楽器と一緒だからです。CDのような光の音源は1と0で創りだしてますが、周波数というものが関係してきてCDのデジタル量では20Hzから20kHzまでの音域しか再現できていないのです。(MP3とかの音はもっと狭い音域です)ハイレゾ位のデジタル量になればもっと広域まで再現できますし、更に大きな情報量にすればより良い音には近づきますが、ご存じのとおり生の音には近づけても生の音には完全になれません。人間の耳は超高精度にできていて、耳で認識できない音域の音まで出ている音も無意識に感知しているというのは実験結果からも明らかになってます。だからレコードの音をデジタルは越えられないのです。ではどうやってレコードは創られているのでしょうか

実は単純シンプルに生の音を小さく圧縮して針を揺らして溝の中にブツブツを創っていくという真逆のことをしているのです。なので生の音そのものなのです

ところでレコードの最も音の良い条件の環境をご存じでしょうか

それは電気スピーカーを使わないというやり方です

20世紀最大の発明といわれたトランジスタは生の音を生かしきれないのです。じゃあ何で増幅するのかというと、最もシンプルなやり方メガホンなんです(笑)

蓄音器という名前をご存じでしょうか?

これでレコードの音を聴いたらハッキリいってたまげます。圧倒的高音と広域、まるで次元が違う音に遭遇するはずです。なぜなら生の音がそのままダイレクトに増幅されているからに他ならないからでしょう。この音に勝る音源は今後も恐らくないと言い切っていいと思います、一度は聴いてみてもらいたいものです。ただし手間暇はかかります、なにせレコードをハンドルで回すのですから(回すところだけ電気を使う蓄音器もあります)

長々となりましたが、現代においてデジタルという便利なものを使いながらアナログと共存していくというスタイルが最高の贅沢という時代がもうそこまで来ているように感じます。アナログこそが答えの神髄であり、全てなのです。人々は少しずつ気づき始めている、昔ながらの「良いものは良い」という現実に